先日、ホールガーメント横編み機の製造販売元である島精機製作所の決算が下方修正され、赤字になりました。
世界的なアパレル生産の冷え込みを受けて、2020年3月期連結業績の見通しを下方修正した。修正後の予想は売上高が335億円(修正前は400億円)、営業損益が48億円の赤字(同36億円の赤字)、経常損益が48億円の赤字(同35億円の赤字)、純損益が76億円の赤字(同24億円の赤字)。株安による投資有価証券の評価損と繰延税金資産の取り崩しなどの特別損失も影響した。赤字転落を公表した昨年10月21日に続き、2度めの下方修正になる。
とのことです。
繊維の製造加工業に携わる人にとっては結構な衝撃だと思うのですが、実はファッションクラスタwに属する人にとっては、当方の身の周り調査をしても「ふーん」という感じでした。
このAYATORIはどちらの方が読者が多いのでしょうか?製造加工業が多いのならこれは結構なビッグニュースだったでしょうし、ファッションクラスタwが多いのなら、気が付かずに読み飛ばしていた人も多いでしょう。
身の周り調査の結果でいうと、多くのファッション系の人々は島精機製作所なんていう会社名を最近までほとんど知りませんでした。彼らが会社名を知ったのは、ユニクロとZOZOとが相次いでホールガーメントの発売を発表したためです。もっとも今はZOZOはもうその商品は販売していませんが。
ホールガーメントというと、一体成型のセーターのことですが、ではどうして一体成型のセーターが必要になるのでしょうか?これをキチンと答えられるファッション関係者は、知る限りにおいてほとんどいません。
島精機を巡る様々な認識の差こそ、繊維・ファッション業界内での製造加工側とファッション側との情報のキャズムを象徴していると感じられます。
ファッション関係者は一体成型のホールガーメントのメリットについてだいたい次のように説明します。
1、一体成型で縫い目がないのでフィット感がある
2、縫い目がないので着心地がイイ
という2点ですが、残念ながら両方とも真っ赤な嘘です。
ではどうして嘘なのかを考えていきましょう。
まず、1ですが、縫い目がないからフィット感があるという理屈ですが、ホールガーメントは別にピタピタのタイトな形だけを編むわけではありません。今のトレンドならルーズシルエット、オーバーサイズのセーターを編みます。ルーズシルエット、オーバーサイズに「フィット感」なるものは必要ありません。そもそもフィットしていないのですから。(笑)
次に2ですが、縫い目がないので着心地がイイ、肌に優しいという類ですが、肌着類ならまだわかりますが、セーターを着る際、普通は肌着やTシャツ、襟付きのシャツの上から着ます。素肌にセーターを着る人はほとんどいません。「童貞を殺すセーター」くらいでしょうか。ですから、縫い目があろうとなかろうと着心地は左右されませんし、肌に直接触れませんから優しいもクソもありません。
両方とも製造に詳しくないファッション関係者が考えたフィクションに過ぎません。
ホールガーメントの本当の利点は、
1、通常のセーターではできないデザインやシルエットが可能になる
2、リンキングが不要になる
この2点です。
セーターは通常、首回りや袖先、裾などは縫製ではなくリンキングと呼ばれる編み合わせの技法が使われます。逆にいうと、そこが縫製されている物はセーターではなく、カットソーだということになります。
しかし、このリンキングの工場は国内はもとより中国でも減りつつあります。コロナで世界経済が今後どうなるのか不透明になりましたが、コロナが広がる前までは今後、経済発展すればリンキング工場はほとんど無くなると考えられていました。リンキング工場が無くなってもセーターを生産できるというメリットがホールガーメントにはあるのです。
このあたりのことがまったく説明されずに、嘘の理由が独り歩きしている点においても、製造加工業者とファッションクラスタwの知識のキャズムを感じてしまいます。もちろん、その逆もあります。ファッション関連のことになると製造加工業者はからっきし知識がありません。
今回何が言いたかったのかというと、島精機という会社と手掛ける製品について見てみると、繊維・ファッション業界の知識のキャズムを象徴しているといえます。
この世に全知の人は存在しません。何百年寿命があったって、繊維業界全体を隈なく網羅した知識を持つことはほぼ不可能でしょう。ですがファッション業界がイノベーションを起こすためには、知識のキャズムを小さくする必要があるのではないでしょうか。島精機製作所という会社からでもキャズムを縮めてみてはどうでしょうか。西川きよし師匠ではありませんが、「小さなことからコツコツと」の精神です。
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