日本からラグジュアリーブランドは作れないのか?

こんにちは、こんばんはしゅんたろうです。

唐突なタイトルで書き始めたのは、最近初めてラグジュアリーブランドに関係する仕事をさせていただく事になったからなんですが、でも、今までに実務経験はまったく無いんですよね。

なんとかしなきゃなぁと色々と文献を読み漁って、今も勉強中なんですが、少しずつ「ラグジュアリーブランディング」「ラグジュアリーブランド」って面白いなぁって感じています。

って言うのも、日本の地場産業・伝統産業は需要や売上げが減少している、だからっていきなり小さい会社だと世界展開は厳しいよね。なんて声をよく聞くのですが、世界的ラグジュアリーブランドも元々はヨーロッパの地場・伝統産業だったブランドがほとんどです。

グッチを見習え、ルイヴィトンを見習えと言われても、無理、無理、絶対無理って日本企業がラグジュアリー企業になどなれるはずがないってだいたいの人は思うでしょう。

現状だと、そりゃあそうだよね。っとも思うけど、元々はそれらのブランドも冴えない(ってほどでは無いかもだけど)街角のファミリーブランドでした。

でもそれらのブランドが世界的なラグジュアリーブランドになる為に何したか?どうやって大きくなったか?って事例をなぞれば、何かヒントもあるんじゃないかな?と思っているのです。

日本で盛り上がり始めたラグジュアリーブランド

ラグジュアリーブランドと聞いて、真っ先に思い浮かぶの一つがルイヴィトンではないでしょうか。

そんなルイヴィトンが創業したのは1854年。

今でこそ世界一のブランドだとも言われていますが、創業から124年間は国内、EU圏で一定の評価はされても、1978年時点では、一度ロンドンに出店し、撤退したり、本店の移転などがありつつも、パリとニースの2店舗しかありませんでした。

それがこの年、海外展開を模索し、東京に3店舗、大阪に3店舗と一気に6店舗を出店することを決め、この戦略が大当たり。

それを受けて、日本でヨーロッパのメゾンブランドがバカ売れするという事実に、以降ヨーロッパのメゾンブランドが一斉に日本へと大挙してきます。

そうして今の様な銀座、表参道にはラグジュアリーブランドがひしめきます。

今では世界中のメインストリートでは同じ様にブランドがひしめいていますが、1978年以前にはどこにもそんな場所はなく、日本での成功を受け、世界各国に広がりました。

そんな事例を読むと、その頃とは時代が違うとはいえ、日本の企業もどこかの国でのブームがきっかけで世界中に火が付くなんて事も全然あり得るんじゃないかなって思えます。

実際に地場・伝統産業に限らず、電気産業・自動車産業なんかは、新興国からメーカーが各国へと押し寄せシェアを拡大しています。

スイスの時計産業とクオーツショック

1969年セイコーがセイコー・アストロンというモデルで、クオーツ時計を発表しました。

発売当初は値段も高く、そこそこの反応だったのですが、70年代に入り、劇的に価格が安くなり、精度も格段にあがった事で、世界中で売れに売れたそうです。

それはクオーツショックと呼ばれ、世界一と言われ、既に百年以上も歴史があるスイスの時計産業も壊滅的な打撃を受けました。

統計上では産業人口が半減と言われていますが、ジャガールクルトでは950人→350人、IWCも400人→100人に減り、実感では3分の1程度になったなんて言われていますし、倒産した会社も多々ありました。

そこでスイスの時計メーカーの多くは機械式時計をラグジュアリーブランド化する事で乗り切ろうという戦略へと切り替えます。

100人に1万円の時計を売ると100万円、1人に100万円の時計を売っても100万円。100万円の時計と、1万円の時計と同じ時計と言っても、製品は明らかに違いますし、違ってなければいけません。

どうしてこれが100万円なのかという説明が必要だし、流通も違う、プロモーションも違う、そもそも顧客が違う。

イノベーションと言うと、ついつい技術的な事ばかり目がいきますが、顧客という切り口だってイノベーションです。

夢・憧れ・希望・イメージ・物語・歴史・個人(創業者/ミューズ/技術者/職人/アンバサダー/原産国)

そんなラグジュアリーブランドが教えるところの定義、それら定性的な項目をマネジメントする事でクオーツショックを乗り越え、今のスイス時計の地位を築きました。

時計に限らず、何をやればいいのか、わからないって時は上記の項目を参考に既存のラグジュアリーブランドが何をしていて、何をやってないかを見ると参考になりそうです。

日本から広がったラグジュアリー戦略

先述したルイヴィトンの一挙6店舗の展開を指揮したのは、日本における外資高級ブランドビジネス界で、その名を知らない者はいない存在と言われている秦郷次郎氏で、この時の戦略はルイ・ヴイトン本社から「ジャパン・モデル」と敬称され、海外戦略におけるモデルとされたそうです。

クオーツの発明で壊滅的になった後、機械式時計に磨きをかけ、より機械を複雑にし、月の満ち欠けを示す機能を加えたりという、なんだか一般人にはよくわからない、宝石一つとついていない何百万もする時計を評価し買ったのは日本の市場及び消費者でした。

世界中のデパートで売り場の1階や2階にラグジュアリーブランドが並んでいるのも、元は日本橋高島屋でエントランスの吹き抜けの周りをラグジュアリーブランドで取り囲み成功したのを、当時提携していたパリのギャラリーラファイエットやプランタンが真似て、世界中に広がりました。

そんな風に戦略から商品を見抜く消費者まである、それに日本には老舗企業や地場・伝統産業がいっぱいあり、こだわりのモノつくりをいっぱいしている。

単純に考えれば日本でも絶対作れるんじゃない?って思いませんか?

僕は単純なので、そう思いました。

色々と案も溢れているので、どこか興味があるってところあれば一度お話させてください!!

そんな感じで今日はここまで。

この記事が面白かったら、ラグジュアリーブランドではないけど、僕もアパレルブランド始めるから登録してくれよな→B.A.T.M instagram

しゅんたろう
About しゅんたろう 45 Articles
1986年生まれ。 マロニエファッションデザイン卒業後、OEM企業での企画営業を経てMARKSTYLER社に入社、営業/MDを経験後、新規ブランド開発部門にて部門長としてブランド開発を行う。 退職後、CLANE DESIGNの立ち上げに参画し、ブランドマネージャーとして従事 2017年より独立し、1Q86.LLCを設立。 アパレル企業を中心にマーケティング/営業代行、ブランドディレクションを受託。 2018年にはアパレル生産SaaSの[AYATORI]を運営するDeepValleyの創業にも参画し取締役に就任。

Twitter

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*